ヘブリディーズ諸島の沖合に位置する火山群島で、ヒルタ島、ダン島、ソアイ島、ボレレイ島の4島と、スタットアンアーミン、スタットリー、レベニッシュの3つの海で構成される。火山・氷河・風化といった作用で生まれた劇的な地形が広がっており、100万羽を超える海鳥が集まって独特の生態系を生み出している。また、こうした厳しい環境を利用した2,000年以上にわたる人類の居住の跡が残されている。なお、本遺産は1986年に自然遺産として登録され、2004年に資産と登録基準の拡大が行われ、2005年に文化遺産の価値を加えて複合遺産となった。
これらの群島は6,600万~5,200万年前の火山活動で誕生したもので、新生代第四紀(約258万年前~現在)の氷河時代の氷河による侵食や風化、風雨や波の侵食が切り立った崖や険しい山々を生み出した。特に海岸の断崖はヨーロッパ最大級を誇り、ヒルタ島コナシェアの断崖の高さは430mに達する。植生としてはヒース(荒れた低木帯や草原、あるいはそこに生える植物)の低木帯、コケツンドラ(ツンドラの湿地)の低木帯、低湿地、牧草地、淡水湿地などが広がっている。
周囲の海の波は非常に高く、風や潮の流れも速い。これらが隔絶された環境を作り出しており、鳥類のセントキルダミソサザイや哺乳類のセントキルダノネズミ、セントキルダキツネネズミ、植物のセントキルダタンポポをはじめ多数の固有種が存在する。また、ソアイヒツジはヨーロッパで見られるもっとも原始的な家畜動物である。樹木は存在しないが草地には多様な植物が繁茂しており、130種以上の種子植物や194種の地衣類、160種のコケ類、170種の菌類が確認されている。島の断崖は北大西洋で最大級の密度を誇る海鳥の生息地で、フルマカモメやウミツバメをはじめ100万羽もの海鳥が存在する。世界最大を誇るカツオドリのコロニーには北大西洋の生息数の25%、ツノメドリに至っては50%が集中している。
また、海洋の生物多様性は突出しており、深海から運ばれる豊富な養分と海流のおかげで寒冷な北の生物と温暖な南の生物の両者が見られ、ケルプ林(巨大なコンブ科の海藻林)をはじめ特有の生態系を育んでいる。海水は透明度が高く、色彩豊富な海洋風景を確認することができる。近海ではミンククジラ、シャチ、ネズミイルカ、リッソイルカ、ハイイロアザラシといった海洋哺乳類も定期的に観察されている。
群島には古代から人間が居住しており、少なくとも2,000年以上の歴史が確認されている。人々は大地と海の豊かな資源を利用して生活を営んでおり、石や岩を積み上げて畑や家畜の囲い・住居などを築いて暮らしていた。特徴的なのは「クリート」と呼ばれる小屋で、石や岩を積み上げて壁とし、大きな横石を載せて屋根としている。モルタル(セメントに水と砂を加えて練り混ぜたもの)などの接合剤を使用しない乾式工法だが、屋根には土と芝をかぶせて盆栽のように植物を繁茂させている。主に農作物や鳥の肉・卵・羽毛、魚、燃料用の泥炭や牧畜用の干し草などを貯蔵していた。クリートはヒルタ島に1,260棟が集中しており、周辺の島々に170棟以上が確認されている。
群島最大を誇るヒルタ島には古くから継続的に人間が居住していた。古代の住居跡があるだけでなく、15世紀以降、3つの礼拝堂が建設され、円錐形の石造住宅が築かれた。最大の集落跡であるセント・キルダ村は1830年代に建てられたもので、24棟の住居がほぼ無傷で残されている。住人による海鳥の活用は独特で、食材としてだけでなく骨や羽毛まで生活用品の素材としてさまざまな形で利用された。ヴィレッジ・ベイと呼ばれる平野では石垣で畑を造ってケールやキャベツを栽培し、周囲ではヒツジやウシを放牧した。また、村では議会が開催されており、重要な決定は議会で民主的に決定されていた。このような自給自足の生活は1930年に放棄されるまで脈々と受け継がれてきた。
本遺産は1986年に登録基準(vii)(x)を満たす自然遺産として登録され、2004年に登録基準(ix)と資産の拡大が行われ、2005年に登録基準(iii)(v)が追加されて複合遺産となった。なお、登録基準(iv)「人類史的に重要な建造物や景観」でも推薦されていたが、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は理由に掲げられた石囲いやクリートは19世紀の重要な段階を示す建造物ではなく、古代文化と関連する景観であるとして退けた。
隔絶された環境で2,000年以上にわたって続けられた人類の営みを伝える稀有な証拠である。
海鳥の産物、土地の耕作、ヒツジの飼育をベースとした一種の自給経済に起因する土地利用の顕著な例である。文化的景観は古くからの伝統的な土地利用を反映しており、特に島が放棄された後、変化しやすくなっている。
火山と風化・氷河の作用によって生まれたセント・キルダの劇的な景観は際立った自然美を見せている。断崖絶壁と海と山、そして海中の絶景が狭い範囲に集中しており、並外れてユニークな景観を奏でている。
海鳥の密度は非常に高く独特で、その場ごとの複雑で異なる生態学的地位によって条件付けられている。また、資産内の3つの海洋エリアには海域と陸域両面における生物多様性の維持に不可欠な複雑な生態学的ダイナミクスが存在する。
セント・キルダは100万羽以上が生息する北大西洋およびヨーロッパの主要な海鳥の生息域のひとつで、特にカツオドリ、ツノメドリ、フルマカモメにとってきわめて貴重な場所である。海辺の草地と水中生息域も島の環境には不可欠な要素である。ソアイヒツジは遺伝資源として重要な意味を持つ可能性を指摘されており、興味深い希少種である。
厳しい環境のため文明から半ば隔絶されており、住民も持続可能な生活を送っていたため環境は変わっておらず、特に海洋環境はほとんど損なわれていない。島が放棄された後もユニークな生活様式を示す遺跡群はよい状態を保っており、特有の文化的景観を維持している。
近年、ナショナル・トラスト(イギリスの歴史ある自然・文化保護団体)の所有となって管理され、国家風景区や国立自然保護区に指定されるなど法的保護も受けている。また、現在においてもアクセスは容易ではなく、こうした要素が完全性の高さに大きく貢献している。
ただ、自然と文化両面の特徴は気候変動や持続不可能な観光といった人為的要因によって脅かされており、気候条件と海岸侵食は住居やクリート、その他の考古学的遺跡に対する主要な脅威となっている。また、沖合の開発は島の原始的な環境に悪影響を及ぼす可能性があり、外来種の偶発的な侵入も重大な脅威となる。また、気候変動によって引き起こされる海洋生態系、特にプランクトンの変動は海洋環境に関して最大の脅威となりうる。これ以外に海洋環境保護の不足、持続不可能な漁法、油の流出などが脅威として考えられ、またレーダー基地など人為的な施設設備も面積は小さいとはいえ景観に悪影響をもたらす。
群島は放棄されて以降、新たな入植はなく、真正性は保たれている。文化的景観の保全の課題は、実施されたすべての作業の記録を残すことと、最小限の介入を原則としつつ、衰退を最小限に抑えるために必要な保全作業については積極的に行うことである。セント・キルダでは住宅や囲いが崩れても落ちた素材を組み直す形で再利用されており、新しい素材の導入はほとんどなく、修復は最小限に留められている。クリートについては代表的な1,400のサンプルが監視されており、積極的に維持されている。