南ホラント州に位置するキンデルダイク・エルスハウト地域のアルブラッサーワート干拓地を排水するために設置された19基の風車群を中心とした世界遺産。風車だけでなく、干拓地(海を堤防で囲み、排水して陸地化した土地)や堤防・運河・水路・ポンプ場・水門・集会所など、排水システムに関する数多くの施設・設備が含まれている。
オランダ沿岸部の大地では紀元前4000年ほどから泥炭の堆積がはじまった。泥炭は植物の死骸が完全に腐る前に堆積したもので、養分が豊富であるため畑として最適で、オランダでは11世紀頃から泥炭地の開墾がはじまった。ただ、もともと標高が低い土地を開墾したためやがて土地は周囲の河川より低くなり、洪水を防ぐために堤防や排水システムが必要になった。中世には全長1,250~1,300m・幅14mほどの区画に分けて農業を行った。
アルブラッサーワールトは東をギーセン川、西をノールト川、南をアルビアス川、北をレック川に挟まれた泥炭草原地で、「水の中の土地」あるいは「水に沿った土地」といった意味を示す。1万年ほど前にドンクと呼ばれる砂の丘を利用して人が居住していたが、ローマ時代を経て居住の跡はなくなり、11世紀ほどからふたたび人が住みはじめたようだ。
11世紀に北・西・南の川沿いで開墾がはじまり、12世紀に環状堤防が築かれ、1320年までには全域が堤防で囲まれた。同時に排水のために水路網が整備され、アルビアス川の拡張やギーセン川とレック川、アルビアス川とレック川を連結するなど、数々の運河や水路が建設された。現在まで変わらず残る干拓地はニーウェ・ワーテルスカプと呼ばれる水路で挟まれた西のネーデルワールト干拓地と東のオーフェルワールト干拓地だ。
しかし、堤防の重みや開墾による地盤沈下、川の水位上昇によって水との戦いは終わらず、1726年には深刻な洪水が一帯を襲った。新たな対策が必要になり、ネーデルワールトとオーフェルワールトの管理委員会は風車を利用した排水システムの導入を決定した。これを受けて1738年にネーデルワールトに8基、1740年にオーフェルワールトに8基の風車が建設され、風車の導入は周囲に広がった。最終的にアルブラッサーワールトと東のフィフヒーレンランデンには150基以上の風車が設置された。
風車は風の力を全長28~29mほどの羽根で受けて回転力に換え、軸に取り付られた直径6.3~6.7mほどの鉄製ホイールを回す。ホイールについているパドルが水をすくい上げ、回転した後、上部で水を放出する。こうした風車によって干拓地の水を水路に引き上げ、水路から運河や川に排出された。風車はポンプ場・管理棟・放流水門と一体となっており、居住スペースを備えて人が住んでいた。
しかし、風車によって引き上げられるのは140cmほどで、地盤沈下や水位上昇に対応しきれなかった。1860年までにネーデルワールトの風車では不十分になり、1868年に蒸気エンジンを利用した水揚げポンプ場が設置された。オーフェルワールトなどもこれに続き、多くの風車が取り壊された。1870年代に風車は78基に減り、現存するのはわずか28基となっている。
世界遺産の資産には19基の風車が残されている。風車をタイプで分けると、ネーデルワールトの8基は地面ギリギリ(30cmほど)まで羽根を伸ばした地面帆で、レンガ造の円筒形の塔からなる塔型風車となっている。オーフェルワールトの8基とニーウェ=レッカーラントの2基はレンガの土台を持つ八角形の木造・スモック型風車だ。ブロッカーの1基は上下2段に分かれた中空ポスト型風車で、風向きに合わせて上段の向きを変えることができる。ニーウェ=レッカーラントの1基の風車は螺旋を使ったアルキメデス・スクリューで揚水している。これらは1950年までに稼働を終えたが、予備用の排水システムとして稼働可能に維持されている。
世界遺産の資産には風車に加えて干拓地・堤防・運河・水路、3基のポンプ場、2基の水門、2棟の水管理委員会集会所が含まれており、中世の長方形の干拓区画も確認できる。
キンデルダイク・エルスハウト地域の風車網は水工学技術の開発と応用によっておよそ1,000年にわたって地域を排水し守ってきた。人間の才能と不屈の精神を力強く証言する卓越した文化的景観である。
キンデルダイク・エルスハウト地域には歴史的な干拓地や高低の排水路・風車・風車用水路・水門・集会所などがあり、オランダの排水システムの歴史を示す際立った遺産である。また、これらの排水システムは世界各地で模倣・応用されている。
古くから泥炭地での定住と耕作を可能にしたキンデルダイク・エルスハウト地域の排水システムは今日でも機能するきわめて精巧なシステムで、オランダを代表するものであるのみならず、国際的にも類を見ない。人類の歴史の重要な段階を示す文化的景観であると同時に、建造物としてもきわめてユニークで傑出したものである。
この地域には干拓地・堤防・運河・水路・風車・ポンプ場・水門・集会所など、水の管理に関係するすべての機能が保持されている。水門については1980年代半ばに2基に削減・再建され、ポンプ場については1924年に蒸気駆動から電気駆動に変更されている。資産はこうした水管理システムの機能とプロセスを表現するのに十分なサイズを持ち、法的に保護されている。風車やポンプ場・集会所などが歴史的建造物法で保護されているのみならず、一帯は自然保護法に基づく自然保護区にも指定されている。また、開発についても規制があり、景観も守られている。
キンデルダイク・エルスハウトの風車群は自然の排水システムを持つ歴史的な干拓地に築かれ、水路・水車・水車小屋・ポンプ場・水門・集会所などがほぼ手付かずで残されており、中世以降、特に18世紀前半に形成された典型的なオランダの景観と環境を伝えている。19基の風車は予備の排水施設として稼働可能な状態にあり、構造やデザイン・機能を保っており、周辺景観も含めて完全性と真正性は高いレベルで維持されている。
ネーデルワールトとオーフェルワールトの16基の風車がそれぞれ1738年と1740年に建設されて以来、排水機械・干拓地・河川の機能的な水管理システムに変更は加えられておらず、真正性は維持されている。それぞれの貯水池システムも無傷で、ネーデルワールトの下部貯水池は1369年、オーフェルワールトの貯水池は1365年にさかのぼる。
オランダ文化遺産庁が主催して2008~2011年に行われた風車の修復は創建時点での工法や素材を用いて適切に行われた。