1949年にクロアチア初の国立公園に指定されたプリトヴィツェ湖群国立公園はアドリア海から約55kmの内陸部、ボスニア・ヘルツェゴビナ国境に近いディナル・アルプス山脈北部に位置し、クロアチアのリカ=セニ郡とカルロヴァツ郡にまたがる形で広がっている。独特の色彩を誇る世界屈指のカルスト地形で、代表的なものだけで16の湖、92の滝、114の洞窟を有し、湖沼風景の美しさでは世界随一を誇る。なお、本遺産は1979年にユーゴスラビアの世界遺産として登録されたが、1991年のクロアチア独立宣言を受けて争われたクロアチア紛争(1991~95年)の影響で周辺環境が悪化したため同年に危機遺産リストに搭載された。紛争は1995年に終結し、インフラ整備などが完了したことから1997年に危機遺産リストから解除された。また、湖の集水域を広く保護するために国立公園が19,462haから29,482haに拡張されたことに伴って、2000年に世界遺産の資産も拡大された。このとき登録基準の拡張も行われ、登録基準(viii)が追加された。
プリトビチェ湖群国立公園はディナル・アルプス山脈の北に位置し、園内の最高標高は1,279 mのセリスキ山で、最低標高は湖群から流出するコラナ川の367mとなっている。一帯には水源となる無数の泉があって多くの川が流れているが、主な川がビエラ川とツルナ川で、比較的開けた場所を流れる前者は浅い川底に堆積した「石灰華」と呼ばれる白い堆積物から「白い(ビエラ)川」、深く暗い森林を流れるツルナ川は「黒い(ツルナ)川」と呼ばれている。
そして集水域の中心となる中央からやや北に主要16湖で構成されるプリトビチェ湖群が展開している。多くの泉と川が合流してできた湖沼地帯で、16湖のうち下の4湖(下からノヴァコヴィチャ、カルジェロヴァツ、ガヴァノヴァツ、ミラノヴァツ)を下湖群、上の12湖(下からコジャク、ブルゲティ、グラディンスコ、ミリノ、ガロヴァツ、ヴィル、マロ、ヴェリコ、バティノヴァツ、オクルグリャク、ツィギノヴァツ、プロシュチャンスコ)を上湖群という。もっとも下のノヴァコヴィチャ湖で標高503m、上のプロシュチャンスコ湖で636mで、もっとも大きなコジャク湖とプロシュチャンスコ湖だけで水域の80%を占める。細かいものも数えれば無数に存在する湖沼だが、これらは上流から下流へ続く全長8kmほどの連なりで、石灰華によって造られた自然のダムによって分離されている。
バルカン半島北西部の付け根に当たるこの辺りの土地はヨーロッパ最大のカルスト地形で、テチス海と呼ばれる海の海底だった中生代(2億5,000万~6,600万年前)にサンゴやプランクトンなどの生物の死骸が堆積して石灰岩が形成され、一部が変成してドロマイトとなった。プリトヴィツェでは上湖群が主にドロマイト層、下湖群が石灰岩層をベースとしている。こうした地層が中生代後半から新生代前半にかけてアフリカ・プレートがユーラシア・プレートの下に沈み込むアルプス造山運動によって隆起して山脈が形成された。石灰岩やドロマイトは水に溶けやすく、降った雨は大地を溶食して漏斗状の陥没地ドリーネや、柱のような岩ピナクル、溝がついたカレン、塔のようなタワー・カルストといった複雑なカルスト地形を形成し、地下では地下水が縦横無尽に洞窟(鍾乳洞/石灰洞)を掘り抜いた。
石灰分を過飽和なほどに溶かし込んだ地下水は湧き水としてふたたび地上に流出するが(カルスト泉)、こうした成分は大気に触れたりコケ類や藻類・バクテリアの作用を受けると炭酸カルシウムを作って沈殿する。これが石灰華で、石灰華が積もった沈殿岩をトラヴァーチン、多孔質の柔らかい沈殿岩をトゥファという。イタリア半島やバルカン半島ではトラヴァーチンやトゥファはしばしば建造物の素材として使用されている。石灰華は岩や倒木・コケなどに付着してトゥファの層を作り、所々で石灰質の棚や堤防を作って水を堰き止め(石灰棚/石灰華段丘)、やがて湖群に成長する。湖からあふれ出した水が滝となり、またこうした特殊な水質が特有の色彩を生み出している。数多くの湖はこのようにして最終氷期(約7万~1万年前)が終わる15,000~12,000年前から形成されたもので、石灰華層はいまなお年10mmほどのペースで成長を続けている。この成長ペースは場所によって大きく異なり、コジャク湖で年5.6mm、プロシュチャンスコ湖で15mmほどとされ、この違いも景観にバリエーションを与えている。
もっとも大きな滝は下湖群のヴェリキ滝で高さ78m、上湖群ではガロヴァツ滝が25mを誇る。これ以外に、上湖群で円形に落ちるヴェリキ・プルシュタヴァツ滝や、美しい色彩で知られる下湖群のサスタヴツィ滝、クロアチアのオペラ歌手の名前を取った下湖群のミルカ・トルニーナ滝などがよく知られている。洞窟については全長203mのクディンカ洞窟や154mのヴルシッチ洞窟が長く、アクセスが容易な下湖群近くのゴルブニャチャ洞窟やシュプリャラ洞窟などは観光名所となっている。
湖の周辺には沼地・湿地・ヒース(荒れた低木帯や草原、あるいはそこに生える植物)・草原・森林といった多様な植生が広がっており、豊富な動植物相を有している。植物種は75種の固有種を含めて1,400種以上に及び、クロアチアで発見された植物種の30%が集中しており、ブナやナラ、トウヒ、モミといった植物を中心とした貴重な原生林が残されている。動物種は259種で、オオヤマネコ、ハイイロオオカミ、ノロジカ、ヒグマ、ユーラシアカワウソといった大型哺乳動物も少なくない。
登録基準(viii)については2000年の拡大時に追加登録さたものである。
ディナル・アルプス山脈の低地に位置し、森と草原に囲まれたプリトヴィツェ湖群国立公園では石灰華によって形成された自然のダムが築いた驚くほど美しい湖群が手付かずの姿で伝えられている。石灰華やトゥファの形成は水や空気・堆積物(地質基盤)と生物の長期にわたる継続的な相互作用の結果である。絶え間なく進化する湖沼システム、石灰華やトゥファの成長、数多くのダイナミックな滝や清流、複雑な色彩表現……こうした要素が相まって、プリトヴィツェ湖群国立公園は世界的に重要かつ類まれな自然美を誇る景観地帯となっている。
プリトヴィツェ湖群を構築し、いまなお形成しつづけるそのプロセスは石灰華によって引き起こされている。カルスト地形の影響で湖の水は炭酸カルシウムについて過飽和の状態にあり、特定の物理化学的・生物学的条件下で炭酸塩が沈殿して湖底や湖縁・障害物に沈着する。時間の経過とともにこのプロセスは多孔質で崩れやすい石灰岩バリアを形成し、ダムとなって小川や泉の水を貯めていく。こうしたバリアは特殊な場所に生息するコケや陸生・水生生物の影響を受けており、湖沼システムはこうしたバリアの成長と侵食によってつねに変化している。プリトヴィツェ湖群における石灰華や石灰岩バリアの形成は大規模でほとんど無傷であり、いまなお妨げられずに続く稀有な例である。これらの形態・年代・構造・生態学的特徴に関する広範な研究はこの地の科学的重要性を物語っている。
プリトヴィツェ湖群の石灰華によるトゥファの生成プロセスは卓越した生態学的プロセスの結果でもある。炭酸塩の沈殿には生物が決定的な役割を果たしており、特殊なコケ類・藻類・バクテリアの作用によって促され、石灰岩バリアの構築に貢献している。見落とされがちなこれら生物の存在がすぐれた湖沼システムを支えており、古代からの生成プロセスの一翼を担っている。こうしたシステムやプロセスには生物の活動を可能にする特有の水質が不可欠であり、プリトヴィツェ湖群国立公園の広大なトゥファ層は地層・水・空気・生物の並外れた相互作用の証である。
2000年に資産が拡大されたことで、プリトヴィツェ湖群国立公園は集水域の全域と湖水系の地下システムの大部分をカバーした。園内でも特に脆弱である湖群地帯はよく保存された森林に囲まれており、水の供給と水質の維持が確保され、それにより炭酸塩の沈殿とトゥファの生成の継続的でダイナミックなプロセスが保持されている。園内の森林では伐採が禁止されており、こうした法的保護はプリトヴィツェ湖群の完全性の維持に貢献している。園内には州道が通っているが、影響を最小限に抑えるために使用は制限されている。プリトヴィツェ湖群国立公園が多くの観光客を惹きつけるのは当然であるが、過剰な観光客が資産の完全性に直接的・間接的な影響を与える可能性が懸念される。