ヴィルヘルムスヘーエ城公園

Bergpark Wilhelmshöhe

  • ドイツ
  • 登録年:2013年
  • 登録基準:文化遺産(iii)(iv)
  • 資産面積:558.7ha
  • バッファー・ゾーン:2,665.7ha
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、ヴィルヘルムスヘーエ城
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、ヴィルヘルムスヘーエ城
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、大カスケード。頂部に立っているのがヘラクレス記念碑
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、大カスケード。頂部に立っているのがヘラクレス記念碑
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、ヘラクレス記念碑のヘラクレス像
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、ヘラクレス記念碑のヘラクレス像
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、レーヴェンブルク城
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、レーヴェンブルク城
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、フォンテーヌ池とユゾウ神殿、左奥がヘラクレス記念碑
世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園」、フォンテーヌ池とユゾウ神殿、左奥がヘラクレス記念碑

■世界遺産概要

ドイツ中部ヘッセン州の都市カッセルに位置する公園で、1689年にヘッセン=カッセル方伯カール1世が建設を開始し、19世紀まで継続的に拡大・整備が進められた。イギリス式庭園とロマン主義の要素を取り込んだ広大な公園にはヴィルヘルムスヘーエ城やレーヴェンブルク城といった城館、高さ50mの大噴水や全長350mの大カスケード(階段状の連滝)、池・滝・森・花壇・グロッタ(洞窟)・水道橋・彫像などの演出が各所に配されている。

○資産の歴史

ヘッセン=カッセル方伯領は神聖ローマ帝国の領邦(諸侯や都市による領土・国家)のひとつで、カッセルはその首都として繁栄した。ヴィルヘルムスヘーエ城公園の周辺はもともとヴァイセンシュタイン修道院の敷地で、1601年に方伯モーリッツが狩猟場として整備し、ヴァイセンシュタインと呼ばれる狩猟小屋を建設した。しかし、まもなく放棄されてほとんど廃墟になったという。

三十年戦争(1618~48年)ではプロテスタント側に立ち、スウェーデンと連携して戦った。1677年にカール1世が方伯を引き継ぐと、スウェーデン(バルト帝国)やデンマーク=ノルウェー、ブランデンブルク辺境伯領、ザクセン選帝侯領などと良好な関係を保ち、軍や要塞などを整備して防衛力を向上させ、神聖ローマ帝国の中で重要な地位を築き上げた。

カール1世は三十年戦争で自ら軍を率いてフランス軍と戦ったが、宮殿や庭園においてもパリ郊外のヴェルサイユ宮殿とその庭園(世界遺産)に対抗するために巨大な城館と公園の建設を計画した。1669~70年にかけて4か月にわたるイタリア視察旅行を行い、宮殿や庭園の研究を進めたという。一例がローマのファルネーゼ宮殿(世界遺産)で、ここに置かれていたファルネーゼのヘラクレス像(現在はナポリ国立考古学博物館蔵)を模倣してヘラクレス像を建てたといわれている。1689年に公園の造営を開始。1701年にはイタリア人のバロック建築家ジョバンニ・フランチェスコ・グエルニエロをローマから呼び寄せて設計を依頼し、ヘラクレス記念碑や大カスケードの建設が開始された。もともとカール1世は蒸気エンジンを利用した大噴水や現在の倍の長さを誇る大カスケードなどを計画していたが、資金不足で達成することはできなかった。1730年にカール1世が亡くなると、息子であるフリードリヒ1世(スウェーデン王フレドリク1世)とヴィルヘルム8世の兄弟が事業を引き継いだ。

ヴィルヘルム8世の息子フリードリヒ2世はイギリスの王女メアリーと結婚し、ロンドン郊外のキュー王立植物園(世界遺産)に足繁く通って建築と庭園を研究し、名建築家ウィリアム・チェンバーズに教えを請うた。ヘラクレス記念碑とカスケードの中心軸を中心にプルート洞窟などを設置し、大噴水を完成させ、イギリス式庭園(自然を模したイギリスの風景式庭園)を持ち込んで曲がりくねった小道を造り、木々をランダムに植えて風情を演出した。

イギリス式庭園が本格的に採用されるのはヘッセン選帝侯ヴィルヘルム1世(ヘッセン=カッセル方伯ヴィルヘルム9世。1803年にドイツ王選出権を持つ選帝侯の資格を与えられた)の時代だ。父親であるフリードリヒ2世の時代からの建築家ハインリヒ・クリストフ・ユゾウ、造園家ダニエル・アウグスト・シュワルツコフ、水力エンジニアのカール・シュタインヘーファーらとともに公園を再編し、自然に近いイギリス式庭園に改築した。1798年にヴァイセンシュタイン城に替わってヴィルヘルムスヘーエ城、1801年にはレーヴェンブルク城が完成。いずれもイギリスの宮殿建築をモデルとした城館で、周辺には人工廃墟や水道橋、各種の池や滝などが配され、イギリス・ロマン主義の影響を受けたドラマティックな公園に仕上がった。

カッセルは1807〜1813年の間、ナポレオンが打ち立てたヴェストファーレン王国によって支配され、ヴィルヘルム1世はホルシュタインやボヘミアへ逃走した。その間、ナポレオンの兄弟であるジェローム・ボナパルトがヴィルヘルムスヘーエ城を使用した。続くヴィルヘルム2世は公園を北に拡張し、新しい滝や水路を建設。また、最先端のモダニズム建築を導入し、ガラスと鉄を使用した大温室や鋳鉄製の鉄橋であるトイフェルス橋(悪魔橋)を設置した。

その息子フリードリヒ・ヴィルヘルム1世は1866年のプロイセン=オーストリア戦争(普墺戦争)にオーストリア側で参戦。敗北を喫してプロイセン王国に併合された。ドイツは1871年にプロイセンを中心にドイツ帝国として統一された。第3代ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世はヴィルヘルムスヘーエ城を気に入り、夏の離宮として使用した。第2次世界大戦を経て公園は国有化され、ヘッセン州によって管理された。

○資産の内容

世界遺産の資産は558.7haという広大なエリアで、特に東西に長く約6kmに及んでおり、中央のカールスベルクと呼ばれる丘にヘラクレス記念碑がたたずんでいる。

1701~17年に建設されたヘラクレス記念碑は直径70m・高さ33mの3層のオクタゴン(八角形の建造物)で、高さ26mのピラミッド形の頂部に高さ3mの土台と8.3mの巨大なヘラクレス像が掲げられている。ヘラクレス像はアウクスブルク(世界遺産)の金細工ヨハン・ヤコブ・アントーニの作品で、鉄の骨組に銅板を張って造られている。オクタゴンの下はヴェクシルヴァッサー洞窟とリーゼンコプフ平原で、神々の神像で飾られている。ギリシア神話の巨人エンケラドスの口から高さ12mの噴水が吹き上がり、巨人ポリュフェモスがフルートを吹くといった水劇場の仕掛けがあり、水車など水の力を利用して演出されている。

大カスケードの階段池は幅9mにわたる3本の流れで高低差約80mを350mかけて滑り落ち、海神ネプチューンが潜むネプチューン洞窟のネプチューン池に注いでいる。水の一部は地下導水管を通って大噴水に供給されている。この導水管は当時最先端を誇った鋳鉄(ちゅうてつ)製で、高い水圧に耐えて高さ50mという当時ヨーロッパでもっとも高い噴水を実現した。ヘラクレス記念碑から大カスケード、大噴水にかけての設計はジョバンニ・フランチェスコ・グエルニエロで、水力エンジニアでもあったことからこうした演出が可能になった。

大カスケードの延長線上周辺にはプルート洞窟、ソクラテス庵、ケスティウスのピラミッド、フォンテーヌ池とユゾウ神殿といった数多くの名所が点在している。そのひとつであるヴィルヘルムスヘーエ城公園水道橋はユゾウが設計したもので、ローマ時代の破壊された水道橋を模しており、端から高さ30mの滝が落ちている。10mの滝の上に架かるトイフェルス橋もユゾウによる設計で、19世紀にヨハン・コンラッド・ブロメイスが木造の橋を鉄橋に建て替えた。モデルとなった橋はスイス・アルプスのシェーレネン渓谷に架かるトイフェルス橋だ。シュタインヘーファー滝はその名の通りシュタインヘーファーの設計で、滝が石の間を幾筋にも分かれて落ちる風情ある造りとなっている。

こうした名所を抜けた先に立つのが、ヴァイセンシュタイン城に替えて、1786~89年にサイモン・ルイス・デュ・ライが設計した新古典主義様式のヴィルヘルムスヘーエ城だ。天使が両翼を広げているような「U」形の3ウイング(ウイングは翼廊/翼棟/袖廊。複数の棟が一体化した建造物群の中でひとつの棟をなす建物)構成で、最初に南のヴァイセンシュタイン・ウイングと北のキルヒ・ウイングが建設され、最後に中央ウイングであるコール・ド・ロジ(本館)が築かれた。現在、アルテ・マイスター絵画館やアンティークコレクション館、福音教会などが入っており、周囲にはバルハウス(ホール)、カヴァリエ・ハウス(庭師や守衛の家)、レミス(一種の倉庫)、大温室、厩舎、乗馬ホール、旧郵便局などが立ち並んでいる。一部はホテルとして営業しており、宿泊することができる。

レーヴェンブルク城はヴィルヘルムスヘーエ城の南西550mほどに位置する城館で、ユゾウの設計で1793~1801年にゴシック・リバイバル様式で建設された。中世のゴシック様式の城館を模しており、一部は人工廃墟となっていてロマン主義らしい演出が施されている。ヴィルヘルム1世が愛人カロリーネと過ごした離宮でもあり、ヴィルヘルム1世は礼拝所に埋葬されている。その南の山上に広がるアッシュ湖は公園の水源のひとつとなっている。

■構成資産

○ヴィルヘルムスヘーエ城公園

■顕著な普遍的価値

本遺産は登録基準(ii)「重要な文化交流の跡」、登録基準(vi)「価値ある出来事や伝統関連の遺産」でも推薦されていたが、(ii)についてはヴィルヘルムスヘーエ城公園に直接影響を受けた主要な例が1件にすぎず、(vi)については蒸気エンジンや産業革命との関係が主張されたが実際に使用されていないため、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)はその価値を認めなかった。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

ヴィルヘルムスヘーエ城公園のヘラクレス像やウオーター・ディスプレイ(水による演出)の数々はヨーロッパにおける絶対主義の時代の卓越したシンボルである。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

ヴィルヘルムスヘーエ城公園のウオーター・ディスプレイは独創的で際立った水のモニュメントの例である。大カスケードはヨーロッパ最大級の人工滝であり、約560haの公園にそびえ立つヘラクレス像は技術的にも芸術的にも近世のもっとも洗練された巨像である。水を特徴とする建造物群はバロック様式やロマン主義の時代の庭園芸術として比類ないものである。

■完全性

資産は顕著な普遍的価値を表現するために必要なすべての要素を含み、法的に保護されており、開発や放棄による悪影響を受けていない。新しい滝を除くすべての水に関する演出は現在でも使用可能で、ヘラクレス記念碑とともにその視覚的完全性と環境を維持している。

■真正性

資産はその形状とデザイン・素材・原料・目的・機能・技術・位置・環境といった点で本物で、水の演出に必要な技術は維持されており、完全かつ機能的である。

■関連サイト

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