ニューカレドニア(フランス語でヌーベル・カレドニー)は南太平洋のメラネシアに浮かぶフランスの海外領土で、ニューカレドニア島(グラン・テール島)とロワイヨテ諸島(ロイヤリティー諸島)を中心に数多くの島々からなっている。ニューカレドニア島は全長1,600kmに及ぶ長大な堡礁(バリア・リーフ)に囲まれており、その内側には広大なラグーン(礁湖・潟湖)が広がっている。本遺産の構成資産6件でニューカレドニアのサンゴ礁とラグーンの約60%をカバーしている。これはオーストラリアの世界遺産「グレート・バリア・リーフ」に次ぐ規模で、ベリーズの世界遺産「ベリーズ・バリア・リーフ保護区」とともに世界3大サンゴ礁地帯を形成しており、特にラグーンについては世界最大を誇る。
サンゴ礁は裾礁・堡礁・環礁に加え、二重堡礁や網状サンゴ礁などあらゆるタイプを含み、侵食が生み出した奇岩やサンゴ島・海中洞窟といった地形のバリエーションも豊富で、海面上・海面下とも貴重で美しい景観が展開している。一帯は生物多様性ホットスポット「ニューカレドニア」の中心でもあり、ウミガメやジュゴン、ザトウクジラといった大型海洋生物の宝庫としても知られる。また、渡り鳥の渡りルートである「西太平洋フライウェイ」と「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ」に含まれ、一部はラムサール条約の登録湿地に登録されているように、鳥類にとっても非常に重要な場所となっている。
なお、本稿で使用する基本的な用語の意味は以下。
3億~2億年ほど前、地球上の陸地はパンゲアと呼ばれる超大陸に集中していた。約2億年前に北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸に分裂し、ローラシア大陸は北半球の北アメリカ大陸とユーラシア大陸の元となった。ゴンドワナ大陸はさらに西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸に分裂し、新生代(6,600万年前~現在)に入る前に、前者はアフリカ大陸と南アメリカ大陸、後者はオーストラリア大陸と南極大陸、インド亜大陸、ジーランディアなどに分裂した。このうち、アフリカ大陸やインド亜大陸はユーラシア大陸、南アメリカ大陸は北アメリカ大陸と陸続きとなった。純粋にゴンドワナ大陸に起源を持つ大陸はオーストラリア大陸や南極大陸、ジーランディアのみとなったが、南極大陸は氷に閉ざされた。
ジーランディアは8,500万年ほど前にオーストラリア大陸から独立した大陸で、2,500万~2,000万年ほど前に約93%が太平洋に水没したと考えられている。わずかに残ったのがニュージーランドの北島・南島やニューカレドニア島(グラン・テール島)といった島々で、ニュージーランドとニューカレドニアは新生代新第三紀の中新世(2,300万~530万年前)に分裂した。その後、ニュージーランドは温帯、ニューカレドニアは熱帯に位置し、まったく異なる環境に置かれた。
新第三紀から第四紀(約258万年前~現在)にかけて一帯は隆起と沈降を繰り返した。ニューカレドニアが載るオーストラリア・プレートは太平洋プレートの下に沈み込んでいるが、当初は大地の歪みとプレート境界面の火山活動で隆起し、ロワイヨテ諸島が形成された。こうした火山活動は1,000万年ほど前に落ち着いて沈降に転じ、この過程でサンゴ礁が拡大した。
第四紀更新世(約258万~1万年前)になると氷河時代に入り、寒冷期である氷期と寒さが緩む間氷期を繰り返した。そして最新の氷期である最終氷期が約7万前にはじまり、26,500年前にピークに達し、1万年前に終了して第四紀完新世(約1万年前~現在)を迎えた。19,000年前、世界の海水面は平均して現在より120mも下にあり、ニューカレドニアでは現在の外側の堡礁が裾礁として海岸線に伸びていた。そして19,000年~6,000年前に氷河の融解による海面上昇(完新世海進/縄文海進)が起こり、裾礁のサンゴは沈みながら海面方向へ成長した結果、沖に堡礁として残されることになった。
現在のニューカレドニアは全域が南緯18~23度に含まれており、主島であるニューカレドニア島が陸域の88%を占め、周辺には北のベレップ諸島、南のパン諸島、東のロワイヨテ諸島をはじめ無数の島々が点在している。こうした島々の周りや沖合には約800,000haのサンゴ礁と約2,340,000haのラグーンが広がっており、中核となる約60%が世界遺産の資産となっている。特にニューカレドニア島を取り囲む堡礁は巨大で、東の沖合4~12kmには全長約400kmの直線的な堡礁が伸びており、平均水深40mほどの深いラグーンを形成している。島の北東部の構成資産「北東沿岸部」では堡礁が2列に並ぶ珍しい地形が見られる。一方、島の西はより複雑で、水深は平均25mと遠浅で、沖合2kmと裾礁とほとんど隣接した堡礁もあれば、沖合60kmを超える離れた堡礁も存在する。特徴的なのが構成資産「西沿岸部」の網状サンゴ礁で、小型の環礁を散らしたような網目状の模様を描いている。
ニューカレドニア島南端の南東に浮かぶパン島を中心としたパン諸島には堡礁が存在せず、裾礁や岩礁・砂礁やサンゴ砂のビーチが点在し、住人が神聖視するキノコ形の波食窪が見られる。一方、南西にはニューカレドニア島から30~70kmも沖に長大な堡礁が連なっており、深いラグーンには環礁や裾礁などさまざまなサンゴ地形が見られる。これら南東・南西部はいずれも構成資産「グラン・ラグーン南部」に含まれている。
ニューカレドニア島の北に位置する構成資産「グラン・ラグーン北部」では島の北端を超えても東と西の堡礁が百数十kmも伸びている。間にはベレップ諸島のポット島やアール島といった小さな島々が点在するだけで、広大なラグーンが広がっている。さらに北は幅40km・水深500~1,500mの海峡を経て「ダントルカストー環礁群」があり、ファーブル島、ル・レズール島、シュルプリーズ島の3島と数々の環礁群が連なっている。
ロワイヨテ諸島は北西の「ウヴェアとボータン・ボープレ環礁」のみが構成資産となっている。ウヴェアはウヴェア島を中心に北のユニエ島や南のファヤワ島、ムリ島などが三日月状に連なる群島で、この三日月を弧として扇形のラグーンを形成している。ボータン・ボープレ環礁はその北に位置する環礁だ。これらは堡礁のない外洋にさらされた環礁群で、アオウミガメの産卵地として名高い。ウヴェア島は森村桂『天国にいちばん近い島』でも知られている。
生物について、一帯には約15,000種が生息するとされ、特に陸上の動植物については森林を構成するナンヨウスギ科やマキ科のようにゴンドワナ大陸に由来を持つ固有種が多い。
植物種について、生息する3,500種の75%以上が固有種で、山地で針葉樹林を形成するナンヨウスギ科については樹種の2/3がニューカレドニアに集中している。イギリスの航海士ジェームズ・クックから名を取ったクックパイン(アローカリア・コルムナリス)はナンヨウスギ科の固有種で、高さ60mほどまで成長する。一方、海岸付近の低木帯に生息するマキ科のユニークな固有種にパラシタクサス・ウストゥスがある。「寄生する唯一の裸子植物」といわれ、根を持たず、他のマキ科の植物の根に寄生して成長する。陸地の一部はサバナ(サバンナ。雨季と乾季を持つ半砂漠の熱帯草原)で、草地やニアウリの森が広がっているが、人間の農牧業によって拡大しつつある。また、海岸線の約50%がマングローブ林に覆われており、陸と浅瀬の海草(海中に生息する種子植物)・海藻(海中に生息する藻類)地帯を結んでいる。マングローブ林は甲殻類や貝類、小型の魚類、それらを捕食する鳥類にとってきわめて重要で、生物多様性に大きく貢献している。
生物多様性は海洋生物について際立っており、マングローブとともに海草・海藻・サンゴが大きな役割を果たしている。具体的には、魚類1,695種、カニやエビなど甲殻類 841種、サンゴやクラゲなど刺胞動物900種(サンゴだけで350種以上)、貝類やイカ類・タコ類を含む軟体動物802種、ヒトデやナマコなど棘皮動物254種、ホヤなど尾索動物220種をはじめとする5,000種超が生息し、多くの固有種と絶滅危惧種を含んでいる。特に爬虫類は69種のうち62種と、約90%が固有種だ。逆に、コウモリと海洋哺乳類を除く哺乳類や両生類には固有種が存在せず、これもひとつの特徴となっている。一方で海洋哺乳類は豊富で、22種が確認されている。特にニューカレドニア島の南はザトウクジラの繁殖地として知られ、他にもミンククジラ、セミクジラ、マダライルカ、ハシナガイルカ、バンドウイルカなどが回遊している。ジュゴンについては800~2,700頭ほどの個体数で、世界で3番目、オセアニアで最大の生息地となっている。ジュゴンは先住民の祭祀と関係するなど文化的にも重要な役割を果たしている。同様に象徴的な動物がウミガメで、太平洋に存在する 7 種のウミガメのうち4種(アオウミガメ、アカウミガメ、タイマイ、ヒメウミガメ)を安定して見ることができる。アカウミガメについては10~20%がニューカレドニアに集中しており、ウミガメ科最大種のアオウミガメにとってももっとも重要な生息地のひとつとされる。
鳥類は確認された183種のうち23種が固有種で、約100種がニューカレドニアで繁殖しており、他は定期的に訪れる渡り鳥や非定期的に訪れる種となっている。海鳥のオナガミズナギドリやヒメクロアジサシについては世界の個体数の約50%、オオグンカンドリやコグンカンドリ、エリグロアジサシについては約10%が集中していると見積もられている。鳥類の象徴となっているのが「飛べない鳥」カグーだ。1種のみでカグー科カグー属を構成するニューカレドニア島の固有種で、体長50cmほどで跳ねるように移動し、飛翔することはできないが高所から滑空するために翼を利用する。IUCN(国際自然保護連合)レッドリストの危機種(EN)であり、個体数は1,000以下と見積もられている。また、同じく固有種のカレドニアガラスは「道具を使う鳥」といわれ、棒を使って樹皮の中の昆虫の幼虫を釣り上げる狩りで知られる。
本遺産は登録基準(viii)「地球史的に重要な地質や地形」でも推薦されていた。しかしIUCNは、地殻変動・地殻の沈み込み・侵食・堆積・海水準変動といった地球力学的プロセスの表出であるという主張に対し、世界のほとんどのサンゴ礁に共通することであり、オーストラリアの「グレート・バリア・リーフ」や「マッコーリー島」、エクアドルの「ガラパゴス諸島」、メキシコの「カリフォルニア湾の島々と保護地域群」といった世界遺産では同等以上に示されているとし、この基準を満たしていないと評価した。
ニューカレドニアの熱帯ラグーンやサンゴ礁は比較的狭い範囲にもかかわらず形状等についてバリエーションに富んでおり、世界でもっとも美しいリーフ・システムのひとつと考えられている。一例が、広大な二重の堡礁システムや沖合のリーフ群・サンゴ島群、西海岸近海の網状サンゴ礁で、こうした景観と海岸背景の豊かさ・多様性がきわめて質の高く特徴的な美的魅力をもたらしている。このような美的価値は水面下にも及んでおり、サンゴ礁に刻まれたアーチや洞窟・亀裂を伴う巨大なサンゴ構造やサンゴの多様性がドラマティックな景観を演出している。
暖流や寒流などニューカレドニア島を取り囲むさまざまな海洋学的条件によって構成資産内のリーフ・コンプレックスは海洋で独立しており、世界的にきわめてユニークである。サンゴ礁コンプレックスは近海と外洋の両者の関連生態系を有しており、裾礁から環礁まで主要なリーフ・タイプをすべて含んだ卓越した多様性を示している。重要な海洋勾配に広がる一帯は熱帯ラグーンやサンゴ礁の生態系の形成に関する生態学的・生物学的プロセスを示す地球上でもっともすぐれた例のひとつであり、もっとも古くて複雑な生態系のひとつである。
本遺産はマングローブから海草類まで生物の連続的な生息地と幅広いリーフ形態において卓越した多様性を有する海洋遺産である。ニューカレドニアの堡礁と環礁はフィジーのリーフとともに世界3大リーフ・システムのひとつを形成し、オセアニアでもっとも重要なサンゴ礁地帯である。一帯は世界的な分類システムで146種類という世界でもっとも多様なリーフ構造が集中する場所であり、サンゴと魚類の多様性においても、大きさではるかに勝るグレート・バリア・リーフと同等かそれ以上を誇る。加えて世界で3番目に多くのジュゴンが生息するなど、絶滅の危機に瀕した魚類・ウミガメ・海洋哺乳類に貴重な生息地を提供している。
本遺産は海洋を中心とした6件の構成資産を有し、これらは資産本体に含まれない海洋および陸上のバッファー・ゾーンによって保護されている。本遺産はまたその自然美を維持し、リーフの多様性の長期的な保全に不可欠なすべての主要な領域を含んでおり、関連する生物学的・生態学的プロセスを維持するために十分なサイズを有し、生態系の頂点に立つ捕食者や数多くの多様な大型魚類を含む手付かずの生態系を保持している。