スウェーデンのヘーガ・クステン(ハイ・コースト)とフィンランドのクヴァルケン群島の島々は氷期に一帯を覆っていたぶ厚い氷床(大陸レベルの巨大な氷塊。5,000,000ha以上で、それ未満は氷帽と呼ばれる)が溶けた作用で隆起するグレイシオ・ハイドロアイソスタシーと呼ばれる現象によって誕生した地形だ。その隆起は300m弱と同現象では世界最大規模を誇り、デ・イェール・モレーン(洗濯板モレーン)やドラムリンといった特有の氷河地形と景観を形成し、いまなお進行している。なお、本遺産は2000年にスウェーデンの「ヘーガ・クステン(英語名 "High Coast")」として世界遺産リストに登録され、2006年にフィンランドのクヴァルケン群島に拡大されて「クヴァルケン群島/ヘーガ・クステン(Kvarken Archipelago / High Coast)」となった。2008年に順番を入れ替えて現在の名称に変更された。
地球内部はおおよそ内核-外核-マントル-地殻で構成されている。地表は軽い地殻が重く流動性のあるマントルに浮いているイメージで、地殻が重ければ沈み込み、軽ければ浮き上がってバランスを取る。こうした均衡作用を「アイソスタシー(地殻均衡)」と呼ぶ。新生代(6,600万年前~現在)の多くは極地や高地が氷床や氷河に覆われる氷河時代で、特に新生代第四紀の更新世(約258万~1万年前)には強い寒冷期である氷期と寒さが緩む間氷期を何度も繰り返した。その中で7万年前にはじまり1万年ほど前に終了した最新の氷期が「最終氷期」だ(現在は間氷期に当たる)。氷期に氷床は著しく発達して地殻が沈み込み、間氷期に氷床が溶けると元に戻ろうと浮上する。氷河に起因するこうした均衡作用が「グレイシオ・ハイドロアイソスタシー(氷河性地殻均衡)」で、特に地殻が浮上して元に戻る現象を「アイソスタティック・リバウンド(地殻均衡復元)」という。
最終氷期、スカンジナビア半島やフィンランド周辺のフェノ=スカンジア地方はスカンジナビア氷床(フェノ=スカンジア氷床)と呼ばれる巨大な氷床に覆われていた。一説ではこの氷床の厚さは最大3,400~3,700mに達し、地殻はその重みを受けて800~1,000mも沈降していたという。最終氷期は26,500年ほど前にピークを迎え、20,000年ほど前からアイソスタティック・リバウンドがはじまった。隆起のスピードは当初、年最大100mmに及び、最大800mも隆起したと見られている。氷床がほぼ消滅した最終氷期後の10,000年でも290mほど上昇し、いまなお年8~10mmのペースで継続しており、今後10,000~12,000年で100~130m隆起してボスニア湾はやがてヨーロッパ最大の湖になると予想されている。
ヘーガ・クステンはボスニア湾の中南部西岸に延びる全長75kmほどの海岸線で、過去9,600年間で285〜294mの隆起という世界最大のリバウンド現象が見られ、海面に姿を現した10,000年前以来の歴史を留めている。地質は先カンブリア時代(約5億4,000万年前以前)の堆積岩や、氷河が山を削って石や岩が堆積したモレーンで、300m近い断崖や入り組んだ湾・多数の島々といった複雑な海岸線を特徴とする。
一方、クヴァルケン群島はボスニア湾の中部東岸約80kmに点在する5,600もの島々からなる群島だ。島といっても標高20~30m以下で、陸地としての歴史は多くが1,000年未満、長くても2,000年ほどしかない。地質はほとんどモレーンで、氷河の末端に堆積したターミナル・モレーン(エンド・モレーン)、小さな丘状のハンモック・モレーン、氷河によって形成された丘・ドラムリン(氷堆丘)といった多彩な氷河地形が見られる。特にスウェーデンの地質学者イェラルド・デ・イェールが分類したことからその名が付いた、ギザギザの溝が入ったデ・イェール・モレーン(デ・ギア・モレーン/洗濯板モレーン)で知られる。島はなだらかで水深も浅く、湾や入江も小さくヘーガ・クステンとは対照的な景観が広がっている。
ヘーガ・クステンとクヴァルケン群島の地質と地形の違いは動植物相の違いにも表れている。大陸と陸続きのヘーガ・クステンでは針葉樹林から落葉広葉樹林まで歴史ある多彩な森林タイプが見られ、ヒグマやオオヤマネコ、ヘラジカといった大型哺乳動物も少なくない。海域についてもバルト海の低い塩分濃度と川から流れ込む豊富な雪融け水のおかげで海水・汽水・淡水の種が混在し、また水深293mまで急速に落ち込む地形で種は少ないものの特有の海洋生態系が見られる。7,000年ほど前までさかのぼる人類の居住跡も発見されており、美しい自然と調和した文化的景観が広がっている。一方、クヴァルケン群島は歴史が浅く小さな島が多く、大陸からも離れているため、深い森や大型の動物は少なく、新たな動植物が現れると動植物相が一気に変わる動的な生態系が展開している。水深も最大25m・平均10m未満と浅いため海洋生物相も少なく、人間の文化の跡もあまり見られない。
本遺産は登録基準(vii)「類まれな自然美」と(ix)「生態学的・生物学的に重要な生態系」でも推薦されていたが、IUCN(国際自然保護連合)はその価値を認めなかった。
「ヘーガ・クステン/クヴァルケン群島」は主にふたつの理由から地質学的価値が非常に高く評価されている。第一に、ふたつの構成資産には世界でもっとも大きい氷河性のアイソスタシーによる隆起が見られる。最後の内陸氷床が後退した後も土地は上昇を続けており、過去10,500年の間に約290mの隆起が記録されている。この隆起は現在も続いており、氷期後の海域の大きな変化と関係している。この現象はこの地ではじめて認識・研究されたものであり、氷床の融解に関連した地殻変動プロセスを解明するために特に重要な地域と認識されている。第二に、5,600もの島々と周辺海域を有するクヴァルケン群島はデ・イェール・モレーンをはじめ氷河堆積物の特徴的な配列を見せており、地域の氷河地形と海の景観に多様性を与えている。モレーン群島を研究するうえで他に類を見ない卓越した地域であるといえる。
3つの構成資産にはもっともすぐれた地質学的・地形学的特徴を持つ地域が網羅されている。スウェーデンのヘーガ・クステンは多くが国の保護地域で、隆起してできた内陸部と標高の高い海岸線を含むが、林業の盛んな地域は除かれている。海域について、資産は内陸や海岸と連続性を持つ沖合いの島々を組み込んでおり、進行中の地質学的プロセスが考慮されている。フィンランドのクヴァルケン群島にはもっともすぐれた陸上の地層、浅い海に横たわる地層、モレーン地形と、陸域と海域の地質学的特徴のほとんどが含まれている。地質学的境界は法律や行政上の境界とは一致しないが、資産は科学的根拠に基づいて設定されている。資産の約71%が海域であり、ヘーガ・クステンでは最深部は水深293mに及び、クヴァルケン群島では平均水深が10mに満たないほど浅い。海中の地層は侵食や植物・人間の活動による影響をほとんど受けておらず、よい状態で保たれている。
資産に対する脅威としては、陸域におけるいくつかの大規模な開発プロジェクトの影響が挙げられる。資産内に居住する住人の総数はヘーガ・クステンで約4,500人、クヴァルケン群島で約2,500人と少なく、人々は小規模な伝統的農業・林業・漁業に従事しており、いずれも地質学的価値に影響を与えることはほとんどない。