キュー王立植物園

Royal Botanic Gardens, Kew

  • イギリス
  • 登録年:2003年
  • 登録基準:文化遺産(ii)(iii)(iv)
  • 資産面積:132ha
  • バッファー・ゾーン:350ha
世界遺産「キュー王立植物園」、キュー宮殿
世界遺産「キュー王立植物園」、キュー宮殿(旧・ダッチ・ハウス) (C) WereSpielChe
世界遺産「キュー王立植物園」、パーム・ハウス
世界遺産「キュー王立植物園」、パーム・ハウス
世界遺産「キュー王立植物園」、テンペレート・ハウス
世界遺産「キュー王立植物園」、テンペレート・ハウス

■世界遺産概要

ロンドン南西部のキューに位置する、18~20世紀にかけて整備されたイギリス王室の植物園。「太陽の沈まぬ帝国」イギリスの広大な版図を利用して世界中から植物を取り寄せて研究を行い、植物学や生態学の発展に寄与した。「キュー・ガーデン "Kew Gardens"」とも呼ばれる。

○資産の歴史

キュー王立植物園周辺はもともとオランダ商人サミュエル・フォートリーの所有地で、1631年にテムズ河畔に建設されたフランドル風の赤レンガの邸宅は「ダッチ・ハウス(現・キュー宮殿)」と呼ばれていた。1759年にイングランド王室の宮殿とその庭園として開発がはじまると、建築家ウィリアム・チェンバーズの設計で同年にルインド・アーチ、1760年にベローナ神殿が建てられ、1761年にはジョージアン様式(ジョージ1~4世の治世にあたる1714~1830年のジョージアン時代の建築様式。古代・中世の様式を復興した新古典主義様式や歴史主義様式を特徴とする)の傑作であるオランジェリー(オレンジなどの果樹を栽培するための温室)、翌年はパゴダと呼ばれる高さ50mに及ぶ中国式の大塔が建立された。庭園は幾何学的構造を持つバロック式庭園で、区画ごと神話の物語などテーマを持たせてドラマティックに演出した。1772年には隣接するリッチモンド宮殿と統合され、アイオロス神殿、ウィリアム王神殿などが築かれた。18世紀の終わりには著名なランドスケープ・アーキテクト(景観設計家)であるランスロット・ブラウンによってシャクナゲの谷が築かれた。

1840年に王立植物園となり、ウィリアム・フッカー・Jrの監督の下で庭園は黄金期を迎える。18~19世紀にかけて産業革命を成功させたイギリスは鉄やガラスの大量生産に成功していた。建築家デシマス・バートンと温室メーカーのリチャード・ターナーは1848年に鉄とガラスの温室パーム・ハウスを完成させる。鉄のグリルを用いた暖房装置を備えた温室で、ヤシをはじめとする多数の熱帯植物が植えられた。「ヴィクトリア朝でもっとも重要な鉄とガラスの建築」と讃えられ、新たな時代の幕開けを告げた。バートンとターナーは他にも植物園最大を誇る温室テンペレート・ハウスと、もっとも高い温度で維持されたウオーターリリー・ハウス(スイレンの家)を建設している。

キュー王立植物園は世界史上最大面積を支配したイギリス第2帝国各地から植物を取り寄せ、温室で栽培して薬品や品種改良の研究を進めた。一例が中国の茶や南アメリカのゴムやキナ(キニーネの原料)の木で、研究成果はプランテーションでの栽培や薬品開発の形で還元された。

庭園には宮殿に神殿、パゴダに温室と多彩な建造物が散在したが、ランドスケープ・アーキテクトのウィリアム・ネスフィールドは自然の風景を特徴とする風景式庭園(イギリス式庭園)で接続し、リッチモンド宮殿を含めて再構成した。この時期に標本を集める植物学博物館(現・園芸学校)、マリアンヌ・ノースが世界各地で描いた絵画を展示したマリアンヌ・ノース・ギャラリー、ギリシア神殿を思わせるナッシュ・コンサーヴァトリーなどが建設されている。

ふたつの世界大戦を経て帝国主義的な役割は終了したが、キュー王立植物園は7万種の植物や800万以上の標本、200,000枚の写真、175,000枚以上のイラストといった学術資産を活かしていまなお植物学や生態学の発展に貢献している。また、1986年にコンピュータ制御で砂漠や湿原など10の気候を再現したプリンセス・オブ・ウェールズ・コンサーヴァトリー、2006年には高山環境を再現したデイヴィス・アルパイン・ハウスなど、新たな温室もオープンしている。

○資産の内容

世界遺産の資産は植物園全域に及んでいる。

ダッチ・ハウスは現在、キュー宮殿と呼ばれており、一帯のほぼ北端に位置している。1631年に私邸として建設された赤レンガ造の建物で、イギリス王室の宮殿 "palace" としてはもっとも小さな建物となっている。周辺の庭園は幾何学的に区画された整形庭園で、クイーンズ・ガーデンでは薬用植物を栽培している。

その東に位置するナッシュ・コンサーヴァトリーは1836年にバッキンガム宮殿から移設された温室で、周柱式のギリシア神殿を模しており、ファサードにはイオニア式の柱が立っている。現在はイベント・ホールとして使用されている。

近郊のオランジェリーはウィリアム・チェンバーズの設計で、1761年に完成した。太い柱と梁を持つジョージアン様式の建物は非常に立派だが、温室としては光量不足が指摘され、現在はレストランとして使用されている。

その南東に位置するプリンセス・オブ・ウェールズ・コンサーヴァトリーは1987年に故・ダイアナ妃が開設した温室で、サボテンやリトープスといった乾燥地の植物を中心に育てている。内部は10パートに分かれており、コンピュータ制御でそれぞれ異なる環境を維持しており、中央ほど高温に設定されている。

隣接のデイヴィス・アルパイン・ハウスは全長16m・高さ10mの楕円形のポストモダン(ポスト・モダニズム)なデザインで、主に高山植物を育てている。地中にパイプを張り巡らせて送風することで1年を通して20度以下という冷涼な環境を維持しており、特異な形状も換気や紫外線透過率に寄与しているという。

その南西のパーム・ハウスはバートンとターナーの設計で1844~48年に建設された温室で、平面108×30m・高さ20mを誇る。当時は石炭ボイラーで加熱していたが、現在は石油ボイラーで暖房してヤシを育成している。隣接するウオーターリリー・ハウスもターナーの設計で、1852年の完成当初はパーム・ハウスのボイラーから暖を取っていた。その後、独自のボイラーが設置され、内部の池の周辺で主にスイレンを育てている。

その南に位置するテンペレート・ハウスもバートンとターナーの設計で、1862年にオープンした。全長188m・高さ18mと園内最大の温室で、面積はパーム・ハウスの2倍に及ぶ。八角形の2棟を挟んで長方形の3棟が直線上に並ぶデザインで、左右対称の整然とした造りとなっている。柱は太く、形状は大聖堂と洗礼堂を思わせる重厚な造りで、ヴィクトリア様式(1837~1901年のヴィクトリア朝時代の新古典主義様式や歴史主義様式)の傑作とされる。西には隣接してエヴォリューション・ハウスと呼ばれる温室が立っている。

テンペレート・ハウスの東に立つのはマリアンヌ・ノースの832点の絵画を収蔵するマリアンヌ・ノース・ギャラリーで、1880年代にヴィクトリア様式で建設された。隣接するシャーリー・シャーウッド・ギャラリーはイギリスの植物学者シャーリー・シャーウッドの絵画を展示している。近郊のミュージアム・ナンバー1は1857年開館の博物館で、こちらもバートンの設計となっている。

植物園南端近くに位置するのがジャパニーズ・ランドスケープで、京都の西本願寺(世界遺産)の唐門を4/5スケールで復元した勅使門がある。東にそびえているのは八角形10層・高さ50mを誇る中国の密檐式(みつえんしき。層が密に重なった様式)のパゴダだ。

南西のナチュラル・エリアと呼ばれる森にたたずむクイーン・シャーロッツ・コテージは18世紀にジョージ3世が王妃シャーロットに贈ったもので、ハーフティンバー(木造の柱梁構造と石造の壁構造を組み合わせた半木骨造)の素朴な邸宅となっている。

ギリシア・ローマ神殿としては、キング・ウィリアムス神殿、アイオロス神殿、ベローナ神殿、アレトゥーサ神殿がある。

近年設置された施設には、2006年に開通した湖(ザ・レイク)を渡るサックラー・クロッシングや、2008年開通の全長200m・高さ18mの遊歩道ツリートップ・ウォークウェイなどがある。

■構成資産

○キュー王立植物園

■顕著な普遍的価値

本遺産は自然選択説を提唱したアルフレッド・ラッセル・ウォレスとチャールズ・ダーウィンの関係から登録基準(vi)「価値ある出来事や伝統関連の遺産」でも推薦されたが、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は証明が不十分であるとして評価しなかった。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

18世紀以降、キュー王立植物園は植物学の研究を進めるために世界中で科学的・経済的交流を行い、その成果はコレクションの豊富さに表れている。特徴的な植物園の建築と景観はヨーロッパ大陸を超えて多大な芸術的影響を及ぼした。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

キュー王立植物園は数多くの科学分野、特に植物学と生態学の進歩に大きく貢献している。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

チャールズ・ブリッジマン、ウィリアム・ケント、ランスロット・ブラウン、ウィリアム・チェンバーズといった著名な建築家やランドスケープ・アーキテクトが築いた建造物や風景式庭園があり、国際的な影響力を持つことになるムーブメントの先駆けとなった。

■完全性

資産には風景式庭園の発展史を体現する庭園としての要素と、国立植物園であり植物研究の中心という植物園としての要素の両面を内包している。顕著な普遍的価値を表現するこれらの要素は無傷で伝えられている。

バッファ-・ゾーンはキュー王立植物園を取り囲むように設定されており、西のテムズ川対岸のサイオン・パークや南のオールド・ディア・パーク、北のキュー・グリーン、アイルワース・フェリー・ゲートからキュー・ブリッジまでの河川部などが含まれている。バッファー・ゾーン外部における開発も資産の景観に影響を与える可能性がある。

■真正性

キュー王立植物園は18世紀の創立以来、当初の目的を貫いており、世界各地で標本の採取や専門知識の交換が続けられている。こうして集められた生きている植物やストックされたコレクションは世界中の学者に参照されている。

リストアップされた44の建造物は過去のモニュメントでさまざまな時代の文体的表現を反映しており、デザイン・素材・機能の面で真正性を維持している。当初と異なる目的で使用されている建物はオランジェリーのレストランなどごくわずかにすぎない。建築作品と異なり、風景式庭園では過去・現在・未来のデザインがきわめて密接に折り重なっており、過去の芸術的成果を時代ごとに分離することは容易ではない。パーム・ハウス背後のネスフィールズ・ベッズの再構成のように最近のプロジェクトはランスロット・ブラウンやネスフィールドらによって創造された初期の景観に注目し、解釈する試みをはじめている。また、他のプロジェクトでは全体的な景観管理も提案されている。

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