大西洋に浮かぶバミューダ諸島は北アメリカ大陸から2,300kmほど離れた181の島からなる諸島で、イギリスの海外領土となっている。セント・ジョージはスペインが発見し、イギリスが初のアメリカ植民都市として開拓した町で、17~20世紀まで4世紀にわたって発展を続けた。また、同島や周辺の島々には数多くの城砦や要塞・砲台が建設され、セント・ジョージの町と港を守るための防衛網が敷かれた。
コロンブスの新大陸への到達からわずか13年、1505年にスペイン人航海士ファン・ベルムデスがバミューダ諸島を発見し、スペインはセント・ジョージ島に寄港地を建設した。1612年8月に先行して知事・聖職者をはじめ60人が上陸し、数か月後にはさらに600人の入植者が入島した。人々は植民都市セント・ジョージを建設しつつ、セント・ジョージ湾とキャッスル湾を守るために数々の要塞や砦を建造した。ただ、1615年までにほとんどの入植者が大陸に移住したため、人口は150人ほどまで縮小した。
1684年にイギリスの手に渡り、以来セント・ジョージは19世紀半ばまでバミューダの首都でありつづけた。やがてインド人やアフリカ人奴隷が運び込まれたが、これが現在の人種的多様性をもたらしている。1834年の奴隷解放の時点で人口の45%を黒人が占めていた。18世紀初頭に町は石造で改築され、ウオーター・フロントの開発が進められて波止場や倉庫が建設された。
1776~83年のアメリカ独立戦争ではイギリス軍の拠点となり、イギリスから武器や弾薬を運び入れ、アメリカから綿花を持ち帰る中継貿易で繁栄した。戦後、アメリカを失ったイギリスはセント・ジョージに海軍基地や造船所を建設して拠点とした。1780~90年代には王立工兵隊の分遣隊によって要塞網が再構築された。要塞や砦は艦砲の発達に合わせて繰り返し改修され、やがて大西洋西部でもっとも重装備を誇る海軍基地に発達した。特にジョージ、ヴィクトリア、アルバート、セント・キャサリンといった城砦は強力で、パジェット島のカニンガム城砦はバミューダでもっとも堅固な砦として名を馳せた。
1861~65年の南北戦争においても南軍への武器の供給と貿易の拠点として繁栄し、1956年に沿岸防衛が終了するまで防衛システムは機能しつづけた。
世界遺産の構成資産はセント・ジョージの歴史地区と、セント・ジョージ湾とキャッスル湾を取り囲むように配置された要塞・砦・砲台・倉庫など23件で、計24件となっている。
植民都市としての特徴は、スペインやポルトガルの植民都市のように大聖堂と中央広場を中心とした方格設計(碁盤の目状の整然とした都市設計)ではなく、道路は港を中心に自由に延びている。家々は1~2階建ての石造で、パステル・カラーの壁と白い屋根を特徴とするコロニアル建築は17~19世紀のスタイルをそのまま引き継いでいる。石板を敷いた重い屋根はハリケーン対策で、島には川がないため屋根で受けた水を地下に誘導して貯水タンクに貯めている。
町の中心にあるセント・ピーターズ教会(聖ペトロ教会)は1713年の創建で、アメリカにおけるイングランド国教会の最古の教会堂として知られる。もともと木造茅葺き屋根の教会堂だったが嵐ですぐに破壊され、石造で建て替えられたという。ただ、内部はスギの柱や格子天井など木材が多用されている。隣接する墓地には植民都市形成以前までさかのぼる墓があり、最初期から墓地として使用されていた。また、1840年に建設されたエベニーザー・メソジスト教会は歴史主義様式の見事な教会堂で知られる。
代表的な防衛施設として、キャッスル島のシーウォード城砦(キング城)が挙げられる。1612年創設の最古級の城砦で、他の城砦と同様に現地の石灰岩を利用して建設された。1650年代にその南西に設置されたランドウォード城砦や、北西に築かれた六角形のデヴォンシャー要塞とともにキャッスル湾防衛の要となった。最古級の城砦には他に、セント・ジョージの北を守るために1612年に建設されたセント・キャサリン城砦や、セント・ジョージ湾の入口に浮かぶガヴァナーズ島に1613年に築かれたスミス城砦、同じくパジェット島に1614年に設けられたペニストン要塞などがある。こうした城砦や要塞は大砲の発達に合わせて改修・改築されたほか、新たに城砦や要塞・砲台が設置されることもあった。たとえば1612年に建設されたセント・キャサリン城砦は1700年代初頭に再建され、その後も1790年代、1840年代、1890年代に改築されている。保存状態も良好であるため、現在は博物館として公開されている。また、セント・ジョージ島の東に位置するアレクサンドラ砲台は1840年代の創建で、1870年代に大部分が改築され、さらに1900年に6インチ砲を設置するために再建された。同様の歴史を持つのが同島の丘に位置するヴィクトリア城砦で、1820年代に建設されて、1870年代・90年代に設置する大砲に合わせて改築された。
セント・ジョージは新世界(ヨーロッパ人が大航海時代に発見した南北アメリカ大陸をはじめとする新たな土地)におけるイギリス最古の植民都市であり、17世紀初頭から4世紀にわたる植民時代の歴史を伝えている。要塞や砦はヨーロッパ入植者による最古級の本格的な防衛システムの例であり、軍事工学の発展を伝えている。
資産には顕著な普遍的価値を構成する要素がすべての含まれており、範囲も十分で法的保護も受けている。よく保全されているがメンテナンスは継続して必要で、また他にもドック・ヤードの要塞群など重要な建造物があり、将来的には構成資産に加える検討が必要である。
セント・ジョージの町や17世紀初頭に建てられた砦は高い真正性を持つ。歴史的な街並みは絵のように美しくユニークで、形状・デザイン・素材・原料といったすべての面でバミューダ諸島の特徴を代表している。今日、町の建物の約65%は1900年以前のもので、初期の建物のうち約40%は1800年以前に建設された。重要な建物の多くは1800年以前のものだ。セント・ジョージは当初のコンパクトさを保っている稀有な植民都市のひとつで、初期の構造を引き継いでいる建造物の割合が高く、特徴を継承しながら現在もその使用性と機能性を維持している。
島に建設された要塞や砦のうち、1621年に建造されたサウサンプトン城砦は大部分が荒廃しているがほとんど手付かずで残されている。キャッスル島には1621年までに建てられたシーウォード城砦とデヴォンシャー要塞の印象的な遺構がある。こうした初期の軍事石造建築の多くは無傷で、18世紀の砲台が近くに増築されたのみに留まっている。17世紀後半のキャッスル島のランドウォード城砦および1612年のパジット城砦を除き、敷地内の要塞や砦はほとんど19世紀のもので、多くはアクセス可能となっている。ヴィクトリア城砦は一時ホテルのレクリエーション施設として利用されていたが、真正性を損なう使用法が実施されることがないよう管理することが大切だ。