イルリサット・アイスフィヨルドはグリーンランド中西部、北極線である北緯66度33分線の北250kmの北極圏に位置している。フィヨルドは氷河が山をU字形に削ってできたU字谷が海中に沈んだ氷河地形で、氷山(氷河から海に流出した氷塊。グリーンランド語でイルリサット)がフィヨルドを覆っていることから「アイスフィヨルド」と呼ばれている。氷山を造っているのは世界でもっとも速くもっとも活発な氷河のひとつであるヤコブスハブン氷河(グリーンランド語でセルメック・クヤレック)で、世界遺産の資産はイルリサット・アイスフィヨルドとヤコブスハブン氷河の全域とその周辺となっている。なお、2019年の軽微な変更では最新のデジタル・マッピング技術によって資産の面積が若干修正され、バッファー・ゾーンも再設定された。
グリーンランドは世界最大の島であり、その表面積の約80%は南極氷床(氷床は大陸レベルの巨大な氷塊で、5,000,000ha未満は氷帽と呼ばれる)に次ぐ大きさを誇るグリーンランド氷床が占めている。この氷床は新生代第四紀更新世(約258万~1万年前)に繰り返された氷期(氷河時代の寒冷期)に形成されたもので、最古の氷は25万年前にさかのぼると推定されている。およそ東西1,100km・南北2,900km・総面積180万平方km(日本の陸地面積は約38万平方km)という規模を誇り、氷の厚さは最大で3,200mを超え、世界の淡水の10%を占めている。すべての氷が溶けた場合、海水面が6〜7m上昇すると考えられている。
氷床からは数多くの氷河が流出しているがヤコブスハブン氷河もそのひとつで、氷床からほとんど直接海に注ぐ珍しい氷河となっている。世界遺産には数々の氷河が登録されているが、氷床から流れる氷河は他に例がない。氷河は全長55km・幅6km・総面積3,199平方kmほどで、イルリサット・アイスフィヨルドに注ぎ込んで湾を氷河と氷山で埋め尽くしている。氷河の流速は1日に19m、1年で約7kmと世界最速レベルで、グリーンランドでは2番目の速さを誇る。氷床と氷河の接続部分において氷の厚さは80mほどにすぎないが、先端のフィヨルドでは平均700mほどに達し、グリーンランド全域の10%を占める氷山群を生み出している。「グレイシャー・ブルー」と呼ばれる青い光を放つ氷山は氷河内で強い圧力を受けてできたもので、氷に含まれている気泡が氷に取り込まれて透明になり、氷が赤い光を吸収することで青く輝いている。
全長40km・幅5~9kmほどのイルリサット・アイスフィヨルドは両岸の断崖から沖合1km以上にわたって氷山で埋め尽くされており、氷山は12~15か月ほど掛けてディスコ湾へ流れ出している。氷河による押し出しと雪融け水による水流、また海面が最大3mほども変化する潮の満ち引きによって氷山や氷河は湾内で衝突を繰り返しており、頻繁に氷震(氷河地震)が起きて轟音を響かせている。フィヨルドを抜けた氷山はディスコ湾を経てグリーンランドとカナダの間に広がるデービス海峡に入り、西グリーンランド海流によって北に運ばれた後、バフィン島海流とラブラドル海流によって南へ進み、北緯40度に到達する前に溶けて消滅する。1912年に起きた大型客船タイタニック号の沈没事件はここから流出した氷山との衝突によって沈没したことが有力視されている。
陸域において氷河の周辺にはモレーン(氷河に削られた岩石や土砂が堆積した地形)や氷河湖、雪渓、ツンドラ(永久凍土上の荒原)、ヒース(荒れた低木帯や草原、あるいはそこに生える植物)、沼沢、河川、海岸といった地形が広がっており、ホッキョクウサギやホッキョクギツネが活動している。海域は生物種もより豊富で、氷山の活動や地下水によって海水が深層から表層に湧き上がる湧昇が発生しており、豊富なミネラル分が多数のプランクトンを育み、プランクトンがカラスガレイをはじめとする20種の魚類や、フルマカモメやユキホオジロ、ライチョウ、ハヤブサといった鳥類、アザラシやクジラなどの哺乳類を呼び寄せている。
イルリサット・アイスフィヨルドとヤコブスハブン氷河は18世紀から250年以上にわたって研究が継続されており、氷河や氷山の変化や深部の探査・掘削、衛星による監視などが行われている。21世紀に入って氷河の流れは場所によって3倍に加速し、フィヨルドに流れ出た氷山地帯が10kmほど後退しているとの報告もある。気候変動の影響を強く受ける地域であり、これらは地球温暖化に起因すると考えられている。
巨大な氷床、氷山に覆われたフィヨルド、急速に移動する氷の流れといった組み合わせはグリーンランドと南極でしか見られない稀有な現象である。科学者も観光客も容易にアクセスが可能で、氷河が氷床から流出し、氷で覆われたフィヨルドへ流れ落ちる姿を間近に観察することができる。岩・氷・海が織り成す野性的で美しい景観と、氷の動きによって生まれる劇的な音の組み合わせは、他に類を見ない大自然のスペクタクルである。
イルリサット・アイスフィヨルドは特に新生代第四紀の最終氷期(約7万~1万年前)の記憶を留めており、地球史におけるこの時代の卓越した証拠である。ヤコブスハブン氷河の流れは40m/日と世界最速レベルであり、もっとも活発な氷河のひとつである。毎年46立方km以上の氷が海中に流れ出しており、グリーンランドに浮かぶ流出氷塊の10%を占め、南極を除いてどの海域よりも多くの氷山分離が起き、多数の氷山を見ることができる。この氷河では250年ものあいだ科学的調査や研究が行われており、比較的容易にアクセスできることもあって雪氷学・気候変動および関連の地形学の発展に大きく貢献している。
資産は急速に流れる氷河や氷床の関連部分、氷河先端部やフィヨルドといった稀有な地質学的プロセスを示す地域がすべて含まれており、大きさも十分である。資産の範囲は氷河流域との関係において明確に定義されており、イリマナクやイルリサットの町は除外されている。この地域は物理的に高度な完全性を保持しており、気候的な条件をクリアし、道路が存在しないなど人為的な影響が見られない点も特徴である。
保護地域での採掘が禁じられるなど効果的な法的保護体制が敷かれており、健全な保全計画を有している。しかし、観光や資源に関する開発圧力が高まるなかで管理体制の強化が必要になると思われる。