ステウンス・クリント

Stevns Klint

  • デンマーク
  • 登録年:2014年
  • 登録基準:自然遺産(viii)
  • 資産面積:50ha
  • バッファー・ゾーン:4,136ha
世界遺産「ステウンス・クリント」、右に延びる白い断崖が中生代白亜紀~新生代古第三紀の石灰岩層
世界遺産「ステウンス・クリント」、右に延びる白い断崖が中生代白亜紀~新生代古第三紀の石灰岩層
世界遺産「ステウンス・クリント」、中央の黒っぽい層がK-Pg境界のフィスケラー層
世界遺産「ステウンス・クリント」、中央の黒っぽい層がK-Pg境界のフィスケラー層 (C) Ragnar1904

■世界遺産概要

ステウンス・クリントはシェラン島中東部に位置する海岸で、15kmにわたって白い断崖が延びている。中生代白亜紀~新生代古第三紀に100万年をかけて堆積した石灰岩層で、恐竜をはじめ半数の生物種を絶滅に追いやった6,700万~6,600万年前の隕石衝突とその前後の様子を伝えている。

○資産の歴史と内容

ステウンス・クリントはユトランド半島とスカンジナビア半島に挟まれたシェラン島中東部の海岸沿いに位置し、波の侵食によって生まれた高さ41mもの海食崖が15kmにわたって連なっている。崖に浮き出している地層は中生代白亜紀と新生代古第三紀の境界面、いわゆるK-Pg境界の前後にわたるもので、6,600万~6,700万年前に起きたとされるチクシュルーブ隕石衝突期の地層を含んでいる。このイベントは直径10~15kmの隕石が衝突したとされるもので、メキシコ湾の海中およびユカタン半島北端の地下に残る直径160kmのチクシュルーブ・クレーターがその痕跡とされる。衝突によりマグニチュード11の地震を皮切りに世界各地で大地震が連鎖し、数百mの巨大津波が陸地を襲い、吹き飛ばされた岩石がふたたび落ちることで流星雨となって降り注いだという。空は大量の塵や灰に覆われて地球の平均気温を10度近く押し下げ、数十年にわたる「隕石の冬」をもたらした。これにより鳥類を除く恐竜類や翼竜類、魚竜類、アンモナイトをはじめ生物種の50%が絶滅する大量絶滅が起き、中生代が終了して新生代にシフトしたと考えられている。

隕石衝突のひとつの証拠とされるのがイリジウムだ。イリジウムは地表ではほとんど見られない微小金属だが、隕石には地表の1万倍以上の濃度で含まれていることが知られている。1968年に素粒子の共鳴に関する研究でノーベル物理学賞を受賞したルイス・ウォルター・アルヴァレスはK-Pg境界の地層に地表の数十倍~百数十倍に達する高濃度のイリジウムが含まれていることに注目し、息子のウォルター・アルヴァレスとともにステウンス・クリントを中心に世界各地で共同研究を行って1980年に隕石衝突説を発表した。その後、イリジウムの濃度が北アメリカに近付くほど高くなることが明らかになり、衝突場所が特定されるに至った。一般的にK-Pg境界層はイリジウムによって赤黒い色をしており、比較的短期間であることから最大でも10cmほどの層にすぎないが、ステウンス・クリントではフィスケラー層(魚粘土層)と呼ばれる最大30cmにもなるきわめて状態のよい地層が露出している。また、フィスケラー層では高温でガラス化した岩石テクタイトも発見されている。地球上の他のK-Pg境界層でもテクタイトが見られることから、隕石衝突で溶けた岩石が地球全域に降り注いだものと考えられている。

ステウンス・クリントの海食崖の多くは石灰岩で、南部の崖では海面下5mから標高35mまで約100万年分の石灰岩層が堆積している。下層は中生代白亜紀後期のもので、海洋底生生物を中心に450種を超える大型生物の化石と多数のミクロレベルの化石が発見されている。6,550万年ほど前に形成されたK-Pg境界のフィスケラー層は5~30cmほどの厚さの地層で、白い石灰岩層に黒っぽい筋を描いている。K-Pg境界を挟んで上層に新生代古第三紀の石灰岩層が堆積しているが、フィスケラー層付近では生物種は著しく少なく、コケムシ(体長1mm以下の無脊椎動物で、海中でサンゴのように個虫が集まって群体として生きている)が大量に堆積した灰色の石灰岩層が見られる。このように隕石衝突前・衝突時・衝突後という3つの時代の化石や地質が中生代から新生代へ移行する生物進化と環境変化の様子を伝えている。

ステウンス・クリントはまた豊かな生態系でも知られ、特に恐竜の竜盤類が進化した鳥類が多く見られる。ユトランド半島、スカンジナビア半島、南ヨーロッパ、アフリカを結ぶ東大西洋フライウェイと呼ばれる渡りのルート上に位置し、数多くの渡り鳥が羽を休めている。スナカナヘビ、ホクオウクシイモリ、7種のコウモリ、22種のチョウなど貴重な生物種も多く、環境保護が進められている。

■構成資産

○ステウンス・クリント

■顕著な普遍的価値

○登録基準(viii)=地球史的に重要な地質や地形

ステウンス・クリントは地球の生命史に顕著な影響を与えた隕石衝突に関する世界的に際立った証拠であり、6,700万~6,600万年前の中生代白亜紀末に起こったチクシュルーブ隕石衝突の様子を伝えている。この隕石衝突は地球上の生物種の50%以上を絶滅に追いやった地球史上もっとも新しい大量絶滅の原因であり、恐竜の時代である中生代にピリオドを打った。隕石衝突によって生み出された灰が堆積した地層は世界に数百存在するが、その中でステウンス・クリントは最重要であり、またアクセスが容易であることから実際に数多くの科学的成果を上げている(実際の衝突痕であるのチクシュルーブ・クレーターはメキシコ湾とユカタン半島の海中ならびに地中深くに位置している)。また、ステウンス・クリントはルイス・ウォルター・アルヴァレスと息子のウォルター・アルヴァレスが中生代と新生代の間の大量絶滅の原因として隕石衝突説の共同研究を行った中心的な場所であり、科学的にも象徴的にもきわめて重要である。数多くの科学者によって研究はなおも進められており、現在ならびに将来においても重要な貢献が期待される。

ステウンス・クリントの見事な化石群はこれまでに知られているもっとも多様な白亜紀末の海洋生態系を記録しており、特に隕石衝突の前・中・後の3つの生物群の継続的な進化を留めている。断崖に刻まれた100万年に及ぶ記録は隕石衝突前の生態系、大量絶滅を生き延びた動物相、そして生物が多様性を取り戻す過程を物語っており、現在の海洋生態系につながる進化と環境変化の様子を伝えている。

■完全性

資産には顕著な普遍的価値を持つ石灰岩層の露出部分がすべて含まれている。資産は海岸沿いに細長く延びているが、採石場で途切れているため厳密には複数の構成資産からなるシリアル・ノミネーションによる遺産である。ただ、採石場は小さくバッファー・ゾーンにも指定されているため、実質的に連続した資産と見なされている。資産の中心をなす断崖は海による侵食によってできたもので、侵食が進行中である海食崖と、崖が削られてできた砂浜が見られる。崖の陸・海両側にバッファー・ゾーンが設けられており、その範囲は適切である。

断崖の陸域には軍事目的で建造されたふたつの採石場と坑道のような建築物や構築物が存在するが、これらは現在、来訪者に地層や地球史などに関する情報を提供する施設として利用されており、観光サービスとともに顕著な普遍的価値の啓蒙に貢献している。

温暖化の影響が懸念されるが、海面上昇を計算して策定された沿岸管理戦略が立案されており、今後数百年にわたってアクセス可能な断崖として保全可能であるとされている。

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